2009/07/11

新天地

6月初旬にサウジより帰国。
その後kchm関連の業務に1ヶ月強関わって、
先週金曜から新たな部署へ。

これまでとはかなりタイプの違う部署なので、
いろいろと学ばなきゃならないことは多そう。

微妙にある種の期待を感じるのがまた何とも・・・。

ま、ぼちぼちやります。

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2009/04/29

撤収準備

2月

休暇

3月

トルコ出張&国内出張

4月

班長代理業務&帰国辞令

ってことでサウジ生活も残りわずか。

撤収準備開始。

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2009/01/08

ガザ(2)

今後の展望

イスラエルとの圧倒的な軍事力の格差から、今回の紛争はハマスの敗北が最初から明らか。この点、2006年夏のイスラエル・ヒズボラ紛争とのアナロジーで今次紛争を分析する向きがあるが、次の点で決定的に異なる。

(1)ハマスの武装はヒズボラと比べて格段に落ちる。更に、地続きで繋がるシリアを介してイランから継続的に武器供給が受けられるヒズボラと異なり、ハマスは基本的に今ある手持ちの武器で戦い続ける他ない。
(2)ガザはレバノンと異なり縦深が全くない。西を地中海、北と東をイスラエル、南をエジプトに囲まれている。ハマスの軍事部門幹部の逃避地として唯一考えられるエジプトだが、この点イスラエルとエジプトとの間に、「エジプト領空・領土をイスラエル軍が犯さない代わりにハマスをエジプト領内に逃げ込ませない」といった具合に何らかのバーターが成立している可能性も否定できない。従って、やばくなったら国境トンネル等をつたってエジプトに逃げるという選択肢は恐らくない。

つまりイスラエルの攻撃が始まった時点で、ガザはハマスの死地と化している。ガザの占領統治ともなれば話は別だが、ハマスの軍事的脅威の削減に焦点を絞ったイスラエルにとって、今次紛争の目標達成はそれほど困難ではない。唯一ハマスに勝機があったとすればヒズボラと連動して二正面作戦を強いるやり方だが、今回ヒズボラは気味が悪いほどおとなしくしている(裏でイラン政府関係者と会ったりなにやら策動している模様ではあるが)。今日の報道でレバノンからミサイルがイスラエルに着弾したと伝えられているが、ハマスと戦略的に連携して行われたとは考えにくい。

強気なハマスの姿勢に反して、実は状況はハマスにとって全く有利ではない。そもそも今回の攻撃に至る過程で、実態としてはアラブ穏健派諸国からも半ば見放されていたといってもいいかもしれない。

逆にイスラエルにとっては、このまま事態が推移すれば、目的とする軍事施設の破壊と関係者殺害を概ね達成できるので外部の余計な介入はむしろ邪魔。

とはいえ、軍民の境界が存在しないハマスに対して軍事的な攻撃を行えば必ず市民に多大な死傷者が出る(ハマスがそれを誘発している側面もあるが)以上、国際社会としてそれに対し指をくわえて見ているわけにはいかない(なお、ハマスは市民の被害を強調して国際世論の対イスラエル非難を喚起しようとしているが、ヒズボラのプロパガンダと比べると拙劣な印象は否めない)。

そこで紛争を止めるために何ができるか?

現在安保理をはじめ、各方面で今次紛争の停戦に向けた作業が行われているが、当事者の一方であるイスラエルの目的は既述の通り明確で、ハマスという(将来的な)軍事的脅威の予防。裏を返せば、ハマスが軍事的脅威でないとの保障=ミサイルによる対イスラエル攻撃の停止、及び武器密輸の防止、の保障がない限り、軍事作戦を停止することはない。

つまり、安保理を舞台として停戦メカニズムの策定に向けた作業が行われようとも、最後はどこかの国がハマスに働きかけて

(1)イスラエルに対するミサイル攻撃を行わせない
(2)ミサイルを含む武器の密輸を行わせない

という2点を担保しなければならず、従ってハマスとチャンネルを有している国が必ず介在する必要がある。

このハマスへの影響力行使という点における仲介者として挙げられるのが、エジプト、カタール、シリア(仏)あたり。

1.エジプト
メッカ合意破綻後、エジプトはファタハとハマスとの国民対話に向けた仲介を続けてきており、ハマスとの間で一定のコミュニケーション・チャンネルを有している。ただし、この仲介努力自体がハマス側のちゃぶ台返しをくらう形で頓挫しており、ハマスをどうにかしたい側(ファタハ、イスラエル)にとってエジプトは100%信を置ける仲介者たりえていない。
現在も即時停戦、ガザ境界の警備強化、通行所の再開等を盛り込んだ停戦案を発表しているが、特に境界管理等の確実な実施についてイスラエル側を納得させるに足る保証があるのか?そこがエジプトの泣き所。これまで散々イスラエルから求められながらも、実態としてガザとの境界トンネルは殆ど取締りができていない。ハマスからすれば境界トンネルの封鎖と通行所の開放はセットであり、むしろ後者が実現されない限りエジプトが境界管理に乗り出そうとしても反発するだけだろう。実際、イスラエルは、エジプトの停戦案に「原則合意」としながらも、中身については必ずしも100%納得しているわけではない様子が伺える。

2.カタール
今次紛争の勃発後、即座にアラブサミットの開催を呼びかける等、アラブ各国の中ではエジプトに次ぐ活発な外交活動を展開。カタールは小国ながら、「身の程知らずの全方位外交」ともいえる八方美人外交を旨としており、湾岸地域においても例外的にイスラエルと外交関係を有している。レバノン情勢の緊迫時にも自国で対話会合を主催し、ドーハ合意に漕ぎ着けた実績を有しており、今回も同様の目論見があると見える。但し、ハマスに対する影響力は未知数であり、特にエジプトが精力的に仲介に乗り出している現在はカタールの出る幕はなさそう。エジプトがこけて仲介努力が行き詰ったらカタールの出番が回ってくるか?

3.シリア(トルコ、仏)
個人的に気になっているのがシリア。シリアはミシュアル政治局長がダマスカスを本拠としていることからも明らかなように、ハマスの(特に対イスラエル強硬派の)後見人的な役回りを担っている。ハマスに対する影響力という点では、むしろエジプトよりも優位に立っているのではないか。
また、今次紛争により停止しているが、シリアはトルコを介してイスラエルとの間接和平交渉に入っており、イスラエルとの関係にもそれなりに前向きな展望が見られる。仮にイスラエルが、右間接交渉を通じてシリアを交渉可能な相手とみなしているのであれば、それを梃子に停戦のための条件すり合わせに向け、トルコ、仏といった国を介したバックチャンネルを通じてハマス・イスラエル間の仲介役となる可能性もある(可能性は低いが)。

更にシリアがこうした動きに出るとなると、黙ってみていられないのがサウジ。不仲のシリアが中東和平のキープレイーヤーとして振舞うのを指をくわえて見てはおけないだろう。

となると、サウジが再びハマスとの対話へと舵を切る可能性も。

うーん、こうなると殆どウルトラCに近いな・・。でも中東ではありえないことが起きるからなぁ。。。

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ガザ(1)

以下個人的な覚書。

現状分析

結論から言うと、ハマスがイスラエルの出方について読みを誤ったかと。

1.イスラエル側の攻撃意図
Q:現時点でハマスがイスラエルにとって安全保障上の脅威か?
No。ハマスは「イスラエルの殲滅」をスローガンに掲げてはいるものの、軍事力では圧倒的にイスラエル有利。

Q:ではイスラエルが攻撃に踏み切った理由は?
A1:将来的な脅威の予防
昨年6月から半年間続いたタハディア(事態沈静化)の期限が12月に切れ、以降ハマスからのロケット発射が増大していた。加えて、ハマス側のミサイル能力が向上(従来は射程10キロ程度カッサムによる攻撃だったのが、今次紛争では射程40キロ弱のグラッド・ロケットが着弾)。こうしたハマスの兵力増強に警戒感を抱いたイスラエルが、ハマスの将来的な軍事脅威化を防ぐため今次攻撃に踏み切ったと見られる。

A2:国内事情
2006年夏の対ヒズボラ闘争の際における不手際から支持を落としたオルメルト政権にとり、2月に総選挙を控えた状況において政権の国防・安全保障能力に国民から疑念を抱かれるのは致命的。

以上より、今次紛争におけるイスラエルの目標は、第一にハマスの軍事力を徹底的に削ぐこと=ガザにおける軍事インフラの破壊&軍事部門幹部の暗殺。
空爆当初、イスラエルが地上軍の展開には消極的との報道もなされたが、結局地上作戦に出たところを見ると、(当初の想定通りか否かは不明だが)空爆では右目的の達成に充分ではないと判断したからだろう(ハマスの軍事施設の多くは学校や病院といった民生施設の地下に作られていると見られる)。
※他方、ハマスが軍事的・政治的組織に止まらず、パレスチナにおける一種の民衆運動としての側面を持ち合わせていることから、その殲滅は不可能であることも承知している模様。また同じ文脈から、かつてガザの占領コストに耐えかねて撤退した経緯から考えてみても、ガザの長期的な占領は恐らく想定していない。

2.ハマス側
Q:ハマスは「イスラム原理主義組織」として紹介されるが、その行動様式においてどこまで宗教的要素を考慮すべきか?
A:ハマスはあくまで政治組織。内部統治に関しては宗教的要素が作用することもありうるが、対外政策(対ファタハ、対イスラエル)においては基本的に政治アジェンダに従って行動する(このことは、2007年2月にメッカのカァバ神殿にてファタハとの間で停戦合意を結んだにも関わらず、半年後に合意を破ってファタハとの抗争を再開して事からも明らか)。従って、イスラムの文脈に引き寄せてハマスの行動を解釈しようとすると理解を誤る(但し、イスラム色を全面に出した内部統治を行うことでパレスチナ市民の支持を得ている点は注意。PFLPといったかつてのパレスチナ武装組織とはこの点が異なる)。ハマスは政治組織。この理解が基本。

Q:ハマスのスローガン「イスラエル殲滅」の狙いは?
A:ハマスが政治組織であるなら、その唱えるスローガンも政治的文脈にて捉える必要がある。彼我の圧倒的な軍事的非対称性から、イスラエルを殲滅できることは不可能だと理解していると考えるのが自然。にも関わらず、こうしたスローガンを唱えるのは、現実的妥当性から逸脱した強硬姿勢を打ち出すことで自身の行動に対する外部からの予見不可能性を高め、相手の譲歩を引き出すのが目的。北朝鮮などが好んで用いるいわゆる「弱者の恫喝」と同じ。加えて、この「弱者の恫喝」を用いることで、公にイスラエルとの対話路線を執っているファタハとの差別化を通じてパレスチナ市民の支持を獲得できるとハマスは判断。

ただし、強硬なスローガンを掲げることと、それを実行に移すこと(この場合、イスラエルを殲滅すべく積極的な軍事攻勢に出ること)は別物。ハマスにあっては、この「弱者の恫喝」の方法論において内部が組織的に一枚岩ではないことが伺える。即ち、表向き打倒イスラエルを唱えつつ、実際にはプラクティカルな外交手段による解決を志向する穏健派(ハニーヤ元首相)とイスラエルの譲歩を引き出すためには軍事的手段も辞さない冒険主義派(ミシュアル政治局長、ザハール元外相)との間で路線を巡る綱引きがあるのではないか。メッカ合意破綻後、エジプトがファタハとハマスとの国民対話を仲介したにも関わらず右が結局成功しなかったのは、ハマスが組織内の冒険主義派に引きずられた側面があると推測される。ハマス内部で強硬路線に振り子が振れた理由としては、

(1)エジプトを始めとするアラブ穏健諸国によるハマスに対する寛容な態度、
(2)ガザの「統治」おける実績

から、ハマスが自身の能力を過大評価したことが挙げられる。

自己を過信するハマスがタハディア期限の切れた後、その延長を拒みミサイル攻撃でイスラエルを挑発したのは、タハディアでミサイル攻撃停止の代わりにハマスが得る予定だった、ラファハを始めとする通行所の開放が実行に移されず、それに苛立ったハマス内部の冒険主義派が武力による事態の打開を志向したためと見て取れる。ちなみにこの通行所の封鎖がハマスのミサイル攻撃正当化(とイスラエル非難の根拠)として挙げられるが、ハマスがタハディア期間中に、800~1000本はあると言われる国境トンネル等を通じてミサイルの増強を行う余裕があった点に鑑みると、通行所の封鎖によって物資の不足が生じ人道的問題が起きていたことは否定できないが、ハマスとしてはその程度の物資窮乏はマネージ可能と見るべきであり、少なくとも即座にイスラエルを攻撃するに至るほどの緊迫性があったかどうかは疑問。

 以上を踏まえると、ハマスとしてイスラエルと正面に事を構えるほど腹を括ってミサイル攻撃を行っていたとは考えにくく、内部の冒険主義グループに牽引される形で狂信的な強硬姿勢を装いつつイスラエルの譲歩を引き出すつもりが、まったく逆の結果を招いてしまったのが実情。


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2009/01/06

二転三転

1月5日(月)

ボス’休暇から復帰。
決裁書を上げたついでにお土産のゴーフレットをいち早くget
ズサ━━━━⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!!

昼前、ショッキングなメールが来てしばし悶絶。
グレード落とすか・・・。世知辛い世の中に涙。

午後、ボスが微妙そうな顔で席に戻ってくる。
先日から二転三転した案件が結局ポシャりそうとのこと。
中ボスも来て、「うーん、寝業師だなぁ・・・」。

夜の業務をKさんが代わってくれるという申し出をありがたく受け、18:30撤退。


(補記)
ミルトン・フリードマンか。懐かしいなぁ。
何だっけ、昔「選択の自由」とか読んだ気が(でももう内容忘れた)。

個人的にはバークやハイエクのような思想家としてよりも、シカゴ学派の経済学者としての印象の方が強いな(いや思想家としても偉大だと思うが)。
経済理論の勉強をしていた時に「K%ルール」や自然失業率仮説を目にして「上手いこと考える人間がいるもんだ」と感心した記憶が。
そういえば、ちょうどこの間読んだ「三本の矢」でシカゴ学派を自認する大蔵省内の金融自由化グループ(銀行局)と金融規制強化グループ(主計局)との確執が描かれていたけど、現下の金融危機で、フリードマンって誤解されて批判されるんだろーな。

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2009/01/03

2009年第1号

正月気分も盛り上がらぬまま気がついたら1月3日になっていた件について。

12月30日(火)

秘書から電話。
某Nからの来訪者について、やっぱり先方に書類を1本出す必要があるとのこと。
職場に出て、Kさんのヘルプを得つつ書類作成。
中ボスにサインをもらってドライバーに託す。
中ボス曰く、本件来訪者、訪問先で支店関係者とトラぶっているとのこと。
なーんとなく筋悪な感じで鬱々とロジ作業。
残りの作業は明日に回して夕方撤退。

夜は中ボスの家にお呼ばれ。


12月31日(水)

11時出勤。
前日に続いてロジ関連作業他雑事を細々と。

夜はMさん宅で憂さ晴らし忘年会@リヤド。


1月1日(木)

8時過ぎ起動。
朝食後、キングダムへ買い物。
普段の週末と変わらず。

夜はTさん御夫妻とTrevorのpartyへ。
妻の体調が思わしくないため途中で撤退。
英語アレルギーか?

1月2日(金)

10時過ぎに職場へ。
ロジ作業&報告資料の作成。
中ボスにメールで決裁を取り、2009年第1号を打ち込む。
15:00から1時間ほど打ち合わせ。
W君、前日に砂漠でバギー遊びをしていたところ、
バギーから落ちたとのことで、首から肩が痛そうな様子。


1月3日(土)

7:30起動。
朝食後、メールチェックしているとボスから電話。
N来訪者、リヤド発のフライトを変えるとの情報が。
・・・(#^ω^)ビキビキ

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2008/12/20

Balance

一時期の怠惰・無気力・gdgdのサウジ病から回復して、精神的活力が戻りつつあるのはいいんだが、その副作用で身近な人間にイライラしてしまう。。。
他人に寛容になろうとすると自堕落になり、きっちり物事を進めようとすると「性、狷介、自ら恃むところ頗る厚」い素が出てきて攻撃的になる。

難しい。

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2008/12/17

待望

気がついたら今年も残り2週間となっている件について。

11月
某イベント。日本側参加者の某女史の自己中&天然っぷりに振り回されたり、
某政治家の秘書(社会人経験2ヶ月)がまっっっっったく秘書としての機能を果たしていなかったり、
そんな秘書に「えー、バビル3世さんって新入社員かと思いました(笑」なんて言われたりorz

下旬には恒例のRSMS開催。
50人超えかと戦々恐々としていたら、当日キャンセルが発生した模様で最終的には約40名。
それでも多かったな。

12月
某レセプション。実質的な仕切り役を担当。
「これって自分の仕事なのか?」と疑問を抱きつつも、こういう総括業務はいずれやらないといかんし、経験積んどくかということで、各方面との調整に走る。
昨年の反省を踏まえ、万全の対応で望んだおかげでレセプションは無事成功。主催者の大ボスも御機嫌。
毎度のことながら来客周りはあまりできなかったが、Samir, Fahad, Trevorには挨拶ができたので、まぁよしとするか。

レセプションの後は犠牲祭休暇でマダーイン・サーレハに。
想像していたより遥かに壮大。ぺトラに引けをとらないんじゃないか。
妻も同じ感想を抱いた模様。「サウジの地方巡りもいいかも」なんて言ってる。
が!子供抱えてバス移動5時間は辛かった。。。

今週は大ボス出張で不在のため比較的まったりと。
TrevorとRSMSの件で相談。彼のアイデアのお陰で大分イメージが固まる。

今日、待望の品が届く。最高のクリスマス・プレゼント。
マジで嬉しい。さっそく一部持ち帰る。

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2008/10/28

相性

10月23日(木)

午前中は家族で職場のイベントに参加。
航空博物館に行く。
飛行機好きの息子が喜ぶだろうという目論見があたり、息子大興奮。
動物園もそうだが、サウジはこの手の施設が意外と充実している。
もっと広報して客を集めりゃいいのに。

夜は職場の歓迎会。
昼間の興奮を引きずってか子供たちが大騒ぎで手がつけられず、早々に退散。
家に帰ってから息子が歓迎会で食いまくっていたアイスを大量逆噴射。
掃除に追われる。


10月24日(金)

夕方、タイ大使館主催のCultural Eventに出かける。
ステージの出し物は、正直学芸会に毛の生えたレベルだったけど、娯楽に乏しいサウジだからこれもありかと。
楽しみしていた料理のサーブが5:30から始まるも人多すぎ&行列長すぎであまり満喫できず。
タイカレー辛すぎ。汗だくで食べる。
食後は再びステージ観覧。
息子は何故かムエタイの擬似試合にハマり、くるくると全身を回転させていた。
19:30頃撤退。


10月25日(土)

週明けはバタバタとしているうちに時間が過ぎる。
11月頭に予定している行事への参加者が依然固まりきらないが、時間もないので、やや見切り発車っぽく作業を進める。
夜は大ボス主催の大型設宴。
来客の態度に我が身を振り返ったり。
これだからこの業界の人間って嫌われるんだよなー・・・と。
20時過ぎ撤収。


10月26日(日)

朝、他部署関連の行事に出席。
やっぱり朝はサウジ人来ねーよなー・・・と会場を見渡しつつ。

昼過ぎ、久々にサウジ人から電話。翌日に会う約束を取り付ける。
夜、オーストリア同業のレセプションへ。
生バンドの出迎えに感動。
会場で、TrevorやSaidらと会ったので、互いの近況報告など。
Tomと駄弁っていると、スウェーデンNo.2に流暢な日本語で話しかけられる。
何でも7年ほど日本にいたんだとか。
最近リヤドで日本語話す同業者が増えているが、何かあるのか?
人と話してばかりで腹が減ってきたので、適当なところで切り上げ、飯を掻っ込み22:30頃撤退。


10月27日(月)

前日約束したサウジ人と19:00に待ち合わせ。
家に連れて帰り、夕飯を食う。
途中、これまでの経緯から溜まっていたものが噴出し、険悪な雰囲気に。
「あー、もうメンドくせー」「切りてーなー」と内心思いつつ、そうもいかないので適当に言いくるめる。
個人的な好き嫌いに判断を下さないようにと自戒する一方、相性っつーのはやっぱりあるよなぁとつくづく感じる。

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2008/10/23

消極的権限争い

10月17-18日

イードも明けたし、そろそろエンジンかけて仕事するかと思っていたら、
突然組織No.2の出張案件が飛び込んでくる。
かなりのショートノーティスかつワーキングデイ1日という制約での作業だったが、
何とかアポも取り付けることができ、かなり充実したスケジュールをこなして一行をUAEへ見送り。
一行滞在中、リエゾンとして同行したが、No.2がかなり腰の低い人でちと驚いたり。
ロジ担としても非常にやりやすい方だった。


10月20日(月)

作業が遅れていた某行事招待者リストをやっとこさ大ボスに上げたら、大ボスから一部につき物言いが。
どーもランクが低いのが気になるらしい。
んなこといってもなぁ・・・そしたら自分たちのカウンターパート誰も呼べないじゃん・・・。
と思いつつも、仕方ないので、各部署に事情を説明して理屈付けのメモ出しを依頼。


10月22日(水)

本日新しい中ボス着任。
ボスが「マッスル○○」と命名。
東京の某課から電話。何事かと思ったら、先日のNo.2訪問に係る消極的権限争い。
こちらとしてそれほど強い拘りもないので、言われるがままの対応を取ったら、今度はそこと揉めていると思しき課から電話が。
オイオイ・・・・。そういう争いは東京でやってくれ・・・・と思いつつ、担当課へ「そちらで交通整理よろしく」メールを投げ込む。何だかなぁ。

午後、明日から一時帰国する大ボス秘書の業務引継ぎにつきボス’と相談。
急な話で、しかも中ボス秘書もいない状況で、どうするか・・・頭を抱える。
仕方ないので自分の部署&他部署のローカルで業務を分担することにしたが、ローカルは早くも嫌そうな素振り満々。すでに辞めた前々任の中ボス秘書を探して呼び戻すとか言ってるし。
あぁ、ここでも消極的権限争いが・・・。
来週からどうなるんでせう。

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